浦和地方裁判所川越支部 昭和61年(ワ)416号 判決 1990年9月06日
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、浦和地方法務局川越支局昭和四三年一月一六日受付第一〇六二号をもってなされた買戻特約登記の抹消登記手続をせよ。
二 原告のその余の本訴請求を棄却する。
三 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 主文一項と同旨
2 被告は原告に対し、五〇四万八九六八円及びこれに対する昭和六一年四月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 2項につき仮執行の宣言
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は被告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、浦和地方法務局川越支局昭和四三年一月一六日受付第一〇六二号をもってなされた所有権移転登記及び同五一年一〇月四日受付第五二二八一号をもってなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 主文三項と同旨
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
(本訴請求)
一 請求原因
1 買戻特約登記の抹消登記手続請求
(一) 被告は、本件二筆の土地を含む別紙物件目録一ないし六記載の各土地を、被告の父石川亀吉は、同目録七記載の土地を(これらの土地を以下「本件一ないし七の土地」、「本件各土地」などという。)、昭和四二年一二月二四日原告の父染谷清四郎に対し、代金合計三〇〇〇万円で一括して売り渡し(ただし、本件六、七の各土地については、農地転用許可を条件とする。)、次の買戻特約をした。
売買代金 三〇〇〇万円
契約費用 七〇〇万円
買戻期間 昭和四三年六月二四日
(二) 売主である被告らは、買戻期間内に代金及び契約費用を提供して買戻しをしなかった。
本件一、二の各土地には、現在、買戻特約登記が残っている。
(三) 買主の清四郎は昭和五一年二月二一日死亡し、その子の原告が相続によりその地位を承継した。
(四) よって、原告は被告に対し、買戻特約登記が残っている本件一、二の各土地につき、本訴請求の趣旨1記載の抹消登記手続を求める。
2 損害賠償等請求
原告は、次のとおり、被告の不法行為、債務不履行又は不当利得により、五〇四万八九六八円相当の損害又は損失を受けた。
すなわち、原告は、昭和五四年八月三一日東京ビルディング株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、本件三の土地を売り渡したところ、同土地には前記と同様の買戻特約登記が残っていたため、訴外会社は、原告に代位して被告に対し、その抹消登記手続請求訴訟を提起した。ところが、その訴訟で被告が、右登記の抹消登記手続をすべき義務がありながら、徒に訴訟遅延を図ったため、訴外会社は、右土地上に建築中のマンションの販売に支障が生じるのを避けるため、やむを得ず、被告に三三〇万円を支払って裁判外で和解をし、右登記の抹消登記手続を了した。その後、訴外会社は、売主である原告に対し、右三三〇万円の外、右訴訟に要した費用等を訴求し、勝訴したため、原告は昭和六一年四月三日、遅延損害金を含めて合計五〇四万八九六八円の支払を余儀無くされた。原告が右支払により受けた損害又は損失は、被告が、前記買戻特約登記の抹消登記手続をすべき義務がありながら、徒らに訴訟を遅延させてこれを履行せず、訴外会社に三三〇万円の支払を余儀無くさせた結果によるものである。また、原告の父清四郎と被告は、前記買戻特約付売買契約に付随して、被告は清四郎に対し代金の外いかなる名目の金員も請求しない旨約定したところ、原告の右支払は、この約定にも反するものである。
よって、原告は被告に対し、五〇四万八九六八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1(一)の事実については、形式上そのような契約がされたことは認めるが、その目的ないし効果については否認する。
右契約は、被告と亀吉が清四郎から三〇〇〇万円を借り入れ、この債務を担保する目的でされた譲渡担保設定契約である。このことは、代金が本件各土地の坪単価等を評価しこれを基礎として定められたものではなく、一括して定められたものであることや、本件各土地の当時の時価合計額約二億五〇〇〇万円と対比して右代金額が著しく低額であることからみても、明らかである。
2 請求原因1(二)、(三)の事実は認め、同(四)の主張は争う。
3 請求原因2の事実中、被告が原告に対し損害賠償ないし利得返還義務があること、被告が本件三の土地につき買戻特約登記の抹消登記手続義務があったこと、被告が訴訟遅延を図ったことはいずれも否認し、その余は認める。
(反訴請求)
一 請求原因
1 被告は、本件一、二の各土地をもと所有していた。
2 本件一、二の各土地には、清四郎及びこれを相続した原告を権利者とする反訴請求の趣旨1記載の各登記がある。
3 よって、被告は原告に対し、所有権に基づき、その抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1、2の事実は認め、同3の主張は争う。
2 被告は、本訴請求の請求原因1のとおり、本件一、二の各土地を原告の父清四郎に買戻特約付で売り渡し、かつ、買戻期間内に買戻しをしなかったので、その所有権を喪失し、かつ、これを取り戻す余地もない。
三 右二2に対する反論
原告主張の契約は、被告と亀吉が清四郎から三〇〇〇万円を借り入れ、この債務を担保する目的でされた譲渡担保設定契約であるところ、清四郎やこれを相続した原告は、本件三ないし七の各土地を他に売却したため、その取得代金は当然右貸金債務に充当され、その結果その債務は完済されたので、本件一、二の各土地所有権は被告に復帰しているというべきである。
なお、仮に、被告の反訴請求が理由がなく、逆に、被告に本件一、二の各土地について買戻特約登記の抹消登記手続義務があるとされても、右のとおり本件三ないし七の各土地が他に売却され、その取得代金が右貸金債務に充当された結果、合計三億五二二八万八一八〇円の支払超過となっているため、その超過支払分の返還を受けるまで、右抹消登記手続に応じる必要はないというべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一 本訴請求の請求原因1(買戻特約登記の抹消登記手続請求)の事実中、原告主張の買戻特約付売買契約が少なくとも形式上はなされ、その旨の登記が本件一、二の各土地について残っていること、被告は、右買戻期間内に右各土地を買い戻さなかったこと、買主の清四郎が昭和五一年二月二一日死亡し、その子の原告がその地位を相続により承継したこと、以上のことは当事者間に争いがない。
二 そこで、右契約の実質が、原告主張の買戻特約付売買契約であるか、被告主張の譲渡担保設定契約であるかにつき検討する。
1 甲第三号証は昭和四二年一二月二四日付け買戻権付土地売買契約公正証書(昭和四二年第一三九六号)の正本であるが、その公正証書には、<1>被告は本件一ないし六の各土地を、亀吉は本件七の土地を、昭和四二年一二月二四日清四郎に対し、代金合計三〇〇〇万円で売り渡す旨、及び<2>被告及び亀吉は、同日から六か月以内に代金三〇〇〇万円及び利息その他の費用の予定額七〇〇万円を清四郎に提供して、右各土地を買い戻すことができる旨の各記載があること、甲第二〇号証は右三〇〇〇万円の領収書であるが、その領収書には、代金としてその三〇〇〇万円を領収した旨の記載があること、甲第四号証は昭和四四年一月二三日に被告及び亀吉が清四郎に宛てて作成した念書であるが、その念書には、農地であるため条件付所有権移転仮登記のみされていた本件六、七の各土地につき、先にされた買戻特約が期間満了により消滅したことを確認し、併せて被告及び亀吉は右各土地につき本登記手続に協力することを約束する旨の記載があることがそれぞれ認められる。
2 更に、<証拠>と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和四二年一二月当時、多額の債務を抱え、特に、国税滞納処分により居宅を含む被告や亀吉所有の不動産が公売に付されようとしていたため、亀吉は、知人の高沢幸治にその事情を話し、早急に二七〇〇万円ないし二八〇〇万円を調達したい旨相談したところ、高沢が、被告の負債状況から借入れは難しく、土地を売却して資金を調達するほかない旨助言したので、被告は父亀吉と相談のうえ、本件一ないし七の各土地を売却することに決め、その仲介を高沢に依頼した。
(二) そこで高沢は、原告の父清四郎に右各土地の買受けを勧めたところ、清四郎は、当初これを断ったが、高沢の、右各土地は将来必ず値上がりするから損はない旨の話により、買受けに応じることとし、ただ、売買代金については、本件一ないし五の各土地にはすべて借地権が設定されており、本件六、七の各土地は地目・現況ともに畑であったため、代金二〇〇〇万円であればこれらの土地を買い受ける意向を示したが、被告らが三〇〇〇万円での売却を強く希望し、高沢の説得もあって、諸経費は被告らが負担するとの条件で、代金三〇〇〇万円で買い受けることに決まった。
(三) ところで、被告らにとり、本件各土地は先祖伝来の土地で本来手放し難いものであったが、差し迫った資金調達の必要からやむなく他に売却せざるを得なくなったため、買戻しの余地を残しておきたいと考え、その旨を清四郎に申し入れたところ、清四郎は、右買受けの意思を翻意しようとしたが、高沢が取りなして、結局、六か月間に限り、かつ、その期間内でも必要があれば他に売却できる旨の条件を付して、代金三〇〇〇万円の外に利息等として七〇〇万円を提供して右各土地を買い戻せる余地を認めた。
(四) 清四郎と被告らは、本件一ないし五の各土地につき存する借地権の負担(賃貸人の地位)をそのまま清四郎に継承させることや、本件一ないし七の各土地の公租公課をその移転登記手続(本件六、七の各土地については本登記手続)をした日をもって按分負担することを各合意し、昭和四二年一二月二四日前記公正証書を作成して、清四郎において他から調達するなどしてその翌二五日三〇〇〇万円を被告に支払い、被告においてその三〇〇〇万円で滞納していた国税や他に負担していた債務を支払うなどした。
(五) 清四郎は、右(四)の合意に基づき、本件一ないし五の各土地に関する賃貸人の地位を承継し、以後は自ら賃貸人として賃借人から直接賃料を受領し、また、各土地の公租公課を自ら支払うようになった。
以上の事実が認められる。
3 被告は、本件契約は被告と亀吉が清四郎から三〇〇〇万円を借り入れ、この債務を担保する目的でされた譲渡担保設定契約であって、前記1記載の各書面やその記載文言は単に形式上作成されたものにすぎないと主張し、証人石井万吉の証言、被告本人尋問の結果及び甲第二九号証中には、右主張に副う証言や供述部分があり、また、右石井や被告は、昭和四三年ころ、右債務の利息などの支払として三回にわたり清四郎に六〇〇万円又は七〇〇万円ずつ持参し支払ったとも証言ないし供述するところ、本件訴訟では、本件契約の実質が譲渡担保設定契約であることを確認し又は証する目的で作成された書面(契約書や覚書など)が証拠として提出されておらず、また、これらの書面が作成されたこと自体も認められないことや、利息などを支払っていたという点もその領収書が作成されていないなど不自然であること、更に、本件紛争に至るまでの一〇数年の間、被告や亀吉が清四郎やこれを相続した原告に対し、譲渡担保権の弁済ないし実行(精算)による消滅を申し出たり、確認したりしたことがないことなどに照らすと、本件契約が譲渡担保設定契約であるとする被告の主張に副う前記の各証拠は措信することができない。
また、被告は、本件契約が譲渡担保設定契約であることの事情として、代金三〇〇〇万円という額が、本件各土地の坪単価等を評価しこれを基礎として定められたものではないこと、本件各土地の当時の時価合計額約二億五〇〇〇万円と対比して右代金額が著しく低額であること等を主張する。確かに、証人高沢幸治の証言や原告・被告各本人尋問の結果中には、本件契約の代金額は本件各土地の坪単価等を評価しこれを基礎として定められたものではないことが認められるが、右高沢の証言や原告本人の供述によって認められる、清四郎が本件各土地の所在、広さ及び現況を熟知していた事実や、前記認定の本件契約締結に至る経緯とに照らせば、右三〇〇〇万円が売買代金でないと即断することはできない。また、本件各土地の当時の地価合計額が約二億五〇〇〇万円であるとする点も、その根拠を示す乙第一五号証の鑑定書(本件各土地付近にある川越市脇田本町二二番地二、四の被告所有の各土地の昭和四一年六月現在における底地価格(各土地上に被告所有の建物が建っている。)の合計額が八六三七万円であるとするもの)は、その根拠資料である売買事例や精通者意見が必ずしも適切なものではないうえ、底地価格の評価も、土地上の建物が容易に収去できることを前提にしたものであって、到底、本件各土地の時価、殊に借地権負担のある本件一ないし五の各土地の時価の参考資料とすることはできないものと考えられる。もっとも、乙第一〇号証によれば、昭和四〇年六月二九日株式会社埼玉銀行が本件六の土地を目的として極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定していることが認められるが、これのみで、同土地やこれと地目・現況を同じくする本件七の土地の当時の時価を推認するのは相当でない。要するに、本件各土地の当時の地価合計額が約二億五〇〇〇万円であることを認めるに足る証拠はない。甲第三一号証と前記認定の本件売買契約締結に至る経緯とに照らせば、三〇〇〇万円という額が当時の本件各土地の現況を考慮した代金額として特に不合理なものであったということはできない。
4 以上説示してきたとおり、本件契約は、書類の形式上からはもちろんのこと、これが締結されるに至った経緯、代金額等からみて、買戻特約付売買契約であると認められる。
したがって、買戻期間内に買戻しをしなかった被告は、本件一、二の各土地について、買戻特約登記を抹消すべき義務があるというべきである。
三 本訴請求の請求原因2(損害賠償等請求)について
原告は、要するに、原告が訴外会社に売却した本件三の土地に前記同様の買戻特約登記があったため、これを抹消するため費用を費やした訴外会社から債務不履行責任を追及されて、結果的に、五〇四万八九六八円の支払を余儀無くされたところ、その支払という損害が、買戻特約登記を抹消すべき義務がありながらこれを拒否した被告の不法行為又は被告の原告に対する債務不履行によるものである、と主張するのである。
しかし、原告が右支払を余儀無くされたことによる損害は、原告が本来買戻特約登記を抹消したうえで訴外会社に本件三の土地を売却すべきところ、これを怠ったことによって生じたものであるから、原告自身の自己責任であると認められ、被告が原告に対し右買戻特約登記の抹消登記手続をしなかったことと、原告の被った右損害との間には、相当因果関係があるということはできない。
また、原告と被告との間で、所論の不当利得関係が成立しないことは明らかである。
そうすると、原告のこの点にかかる請求は理由がない。
四 反訴請求について
被告がもと本件一、二の各土地を所有していたことは、当事者間に争いがない。しかし、すでに説示したとおり、被告は清四郎に対し本件一、二の各土地を買戻特約付きで売却してその土地所有権を喪失し、かつ、買戻期間内にその買戻しをしなかったのであるから、本件一、二の各土地所有権に基づく被告の反訴請求はいずれも理由がない。
五 以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に本件一、二の各土地の買戻特約登記の抹消登記手続を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 荒川 昂 裁判官 飯塚圭一)